2017年08月/ 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月
プロフィール
FC2ブログランキング
こっちもブログランキング
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
リンク
ブロとも一覧
月別アーカイブ
RSSフィード
お気に入り
ブロとも申請フォーム
QRコード
スポンサーサイト
--年--月--日(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【編集】 --:-- |  スポンサー広告  | Top↑
今頃沖縄・・・忘れちゃいけない編
2007年02月03日(土)
やっと、最終章でございます。

沖縄と言えば、きれいな海やおいしい食べ物、沖縄民謡・・・などありますが、やっぱり忘れちゃいけないのは、悲しい戦争の歴史ですよね。

まず沖縄に着いて1番最初に行ったのが、「対馬丸記念館」でした。

私はね、お恥ずかしながら知りませんでした。知らない人たちのために・・・。

日本政府は、来るべき沖縄戦のために、足手まといになる民間人(主に子どもたち)を昭和19年8月に本州に疎開させる計画を立てました。その当時「海」を渡ることは非常に危険なことだったようですが、多くの沖縄の人たちが、その貨物船対馬丸に乗り込んだのです。

しかし、本州にたどり着くことなく、アメリカの潜水艦の魚雷攻撃を受けて、対馬丸は沈んでしまいます。

多くの人たちが、尊い命を落とす中、過酷な海で生き残った人たちのおかげで、この事件が世の中に知られることになりました。ただし、その当時は、助かった人たちには対馬丸撃沈に事実は「士気を下げる」として「緘口令」がしかれたそうです。そのために、この事件での詳細や犠牲者のはっきりした人数も調べられることなくいたそうです。

その当時、小学生だった小さな子ども達が、必死に生き残る壮絶な体験談に身が震えました。ようやく、何かにすがりつき生き残ったとしても、食べ物もない海・太陽の光からさえぎられることもなくやけつく肌。中には、フカに襲われ命を落とす子も・・・。死にゆく人たちを見ながら、生き残った人たち。その人たちの強い生命力に尊敬の念さえいただきます。運がよかっただけではない。と、思いました。そして、生きて戦争が何も生み出さないことを世の中に教えてくれたのだと思いました。




さて、私が沖縄に行ったのは、年末も押し迫る頃。

本当は、「糸数壕(アブチラガマ) 」や「平和祈念館」も行ったのですが、12月29日~1月3日はお休みでした。



沖縄最終日は、「ひめゆりの塔」です。大学の頃に来た時には、資料館がなかったような気がしますが、今は立派な「ひめゆり平和祈念館」が併設されています。

「ひめゆりの塔」の話は、本や映画で知っていましたが、やはり現地で見るのは違いますね。

映画では美しく仕上げられていますが、ひめゆり学徒隊が戦った戦場は、血と汗と涙と怒号と蛆と餓えと死の場所だったんですね。

その中で、何も分からず送り込まれた少女達が、必死に働き・死んでゆく人たちを見、翻弄される事実に驚き、その中で生きていくことの強さを感じました。

伊原第三外科壕(ひめゆりの洞窟)の実物大を展示物の前で、生存者の方のお話を聞くことができました。淡々と語られる悲惨な戦場と友達の死・・・聞いているうちに、涙が止まらなくなってしまいました。

ここには、たくさんの体験談を綴った証言本も展示されています。周りには、犠牲となった方たちの遺影も展示されています。遺影には、名前とその子の性格なども記されていて、生身の人間がこの悲惨の戦争の犠牲者になったことの悲しみをますます感じさせてくれる空間でした。



悲しみしか生み出さない戦争が、いまだどこかで行われている事実が無性に悔しいです。

そんなことを、再認識させられた沖縄でした。
関連記事
スポンサーサイト
【編集】 15:18 |  日記  | TB(0) | CM(9) | Top↑
コメント
 (-_-;)戦争で亡くなった方々は「平和」を願っていたに違いないと思うが「平和すぎて」日本人は何処か変になってる様な気がする・・・俺だけか・・・。
ドリパン |  2007.02.03(土) 20:50 | URLコメント編集
戦争は何も生まないのは、みんな知っているはずなのに、どうして戦争をしてしまうのだろうか?
タイのカンチャナブリというところに戦争博物館というのがあります
そこに「forgive but not forget(許そう、しかし忘れまい)」という言葉が刻んでありました
映画「戦場に掛ける橋」の舞台、泰緬鉄道の犠牲者達の墓碑です
同じ過ちを繰り返さないためにも、みんなに戦争の悲惨さを知ってもらいたいですね
SHU |  2007.02.03(土) 22:46 | URL 【コメント編集
>ドリパンさん
確かに、平和ボケですよね。
ゆるりと生きていることが当たり前だから、必死に生きていけないのじゃないかと思います。
えふいー |  2007.02.03(土) 22:47 | URLコメント編集
>SHUさん
どこかで、憎しみを断ち切らなければ、戦争はなくなりませんよね。
えふいー |  2007.02.03(土) 22:48 | URLコメント編集
沖縄も広島や長崎とともに、戦争で悲惨な目に遭っている地域ですからね。
現地では若い世代の人ですら、未だに「ヤマトン(大和)」などと差別し本土と一線を引く人もいると聞きました。またそれだけ代々戦史を受け継がれているのでしょうね。
私も平和ボケしている一人ですので、今度沖縄に行く時は、観光だけじゃなく歴史を観てこようと思います。
ヒロ |  2007.02.03(土) 23:09 | URLコメント編集
「対馬丸記念館」私も恥ずかしながら知りませんでした。
戦争の悲惨さや原爆の恐ろしさなど、知っているつもりですが
現地で見聞きすると、それが身にしみて理解できるのでしょうね!
ぜひ、一度は訪れてみたいと思っています。
すあま |  2007.02.04(日) 01:27 | URLコメント編集
>ヒロさん
私が大学生の頃入学式で、「君が代」が流れたら、沖縄の子が途中退席した時、驚きました。やはり、ちゃんと語り継がれているんでしょうね。逆に、何も知らない自分がちょっと恥ずかしかったです。でも、語り継がなくちゃいけないんですよね。
沖縄もいまや観光の島ですが、こんな歴史もちゃんと残していって欲しいです。

>すあまさん
やはり、現地の迫力は違いますね。厳粛な気持ちにもなります。なので、写真は1枚もありませんよ。ああいうところで、写真を撮る気にはなれません。
沖縄に行かれる際にはぜひどうぞ。(できれば、「アブチラガマ」なんかも)
えふいー |  2007.02.04(日) 14:24 | URLコメント編集
私も対馬丸のことは知りませんでした。

今度子供達を連れて、是非訪れてみたいと思いました。
くろーん40 |  2007.02.04(日) 18:23 | URLコメント編集
●コメントありがとう♪
>クローン40さん
対馬丸のことはあまり知られていないらしく、記念館を訪れる人はまばらでした。
ひめゆり平和祈念館は、家族連れが多かったですよ。(観光地と言うこともありますが)小さい子が真剣に、証言ビデオを見ていました。
えふいー |  2007.02.04(日) 18:27 | URLコメント編集
コメントを投稿する
URL
コメント
パスワード 編集・削除するのに必要
非公開 管理者だけにコメントを表示
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
カウンター
おすすめ
武道館まで
お役立ち
楽天ランキング
義援金募集
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。